misuzu kaneko金子みすゞ
今週の詩
お嬢(じょう)さん
金子みすゞ道を教えた旅びとは、
とうにみえなくなったのに、
私はとぼんとしていたよ。
いつも私のかんがえる、
あのおはなしのお国では、
お姫さまともよばれても、
あたしは貧乏な田舎の子。
「お嬢さん、ありがとう。」
そっとあたりをみまわして、
なにかふしぎな気がするよ。
積もった雪
金子みすゞ上の雪
さむかろな。
つめたい月がさしていて。
下の雪
重かろな。
何百人ものせていて。
中の雪
さみしかろな。
空も地面(じべた)もみえないで。
ちひろのコメント
金子みすゞファンにとっては、とても有名な詩の一つですね。人間社会にも当てはまるので、自分の切ない思いに寄り添ってくれる詩として、親しまれています。表向きの印象だけではなく、見えない部分で寂しい思いや辛い思い、我慢している思いを抱えていること、それを見つめる心があれば、お互いを労わる心が生まれますね。雪に
金子みすゞ海にふる雪は、海になる。
街にふる雪は、泥になる。
山にふる雪は、雪でいる。
空にまだいる雪、
どォれがお好き。
ちひろのコメント
大好きな詩です。雪が降る景色にこの詩を思い浮かべると、とても楽しく雪が地面に到着するまで見てしまいます。山にふる雪は、「雪でいる」という表現に、金子みすゞさんのセンスが光りますね。皆さんが雪だったら、どぉれがお好きでしょう。夢(ゆめ)売り
金子みすゞ年のはじめに
夢売りは、
よい初夢を
売りにくる。
たからの船に
山のよう、
よい初夢を
積んでくる。
そしてやさしい
夢売りは、
夢の買えない
うら町の、
さびしい子等の
ところへも、
だまって夢を
おいてゆく。
ちひろのコメント
明けましておめでとうございます。皆さんの初夢はどんな夢でしたでしょうか。さびしい子どもたちには夢をだまっておいて行ってくれる夢売り。この優しさで今年もみんなで助け合って、笑顔で乗り越えていきたいものです。さあ今年も、金子みすゞさんの言葉からたくさんの優しさをいただき、こだましましょう。明るい方へ
金子みすゞ明るい方へ
明るい方へ。
一つの葉でも
陽(ひ)の洩(も)るとこへ。
籔(やぶ)かげの草は。
明るい方へ
明るい方へ。
翅(はね)は焦(こ)げよと
灯(ひ)のあるとこへ。
夜飛ぶ虫は。
明るい方へ
明るい方へ。
一分(いちぶ)もひろく
日の射(さ)すとこへ。
都会(まち)に住む子等は。
ちひろのコメント
やはり今年は、この詩で締めくくりたくなりました。来年は東日本大震災から10年。そして今コロナ禍で困難な時を生きています。金子みすゞさんはいつも私たちの苦しい時を、どう乗り越えていけばいいのか、その心の在り方のヒントを与えてくれます。明るく、笑顔で、希望を失わず歩んでいこう。私たちみんなで、明るい方へ、明るい方へ!「金子みすゞ童謡全集」(JULA出版局)より
金子みすゞの詩、写真は、金子みすゞ著作保存会の了承を得て掲載しています。
転載される場合は、必ず「金子みすゞ著作保存会」の許可を得てください。
連絡先:〒112-0001 東京都文京区白山3-4-15 内田ハウス1F JULA出版局内
TEL:03-3818-0791 FAX:03-3818-0796
金子みすゞプロフィール

『赤い鳥』、『金の船』、『童話』などの童話童謡雑誌が次々と創刊され、隆盛を極めていた大正時代末期。そのなかで彗星のごとく現れ、ひときわ光を放っていたのが童謡詩人・金子みすゞです。
金子みすゞ(本名テル)は、明治36年大津郡仙崎村(現在の長門市仙崎)に生まれました。成績は優秀、おとなしく、読書が好きでだれにでも優しい人であったといいます。
そんな彼女が童謡を書き始めたのは、20歳の頃からでした。4つの雑誌に投稿した作品が、そのすべてに掲載されるという鮮烈なデビューを飾ったみすゞは、『童話』の選者であった西條八十に「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛されるなど、めざましい活躍をみせていきました。
ところが、その生涯は決して明るいものではありませんでした。23歳で結婚したものの、文学に理解のない夫から詩作を禁じられてしまい、さらには病気、 離婚と苦しみが続きました。ついには、前夫から最愛の娘を奪われないために自死の道を選び、26歳という若さでこの世を去ってしまいます。こうして彼女の 残した作品は散逸し、いつしか幻の童謡詩人と語り継がれるばかりとなってしまうのです。
それから50余年。長い年月埋もれていたみすゞの作品は、児童文学者の矢崎節夫氏(現金子みすゞ記念館館長)の執念ともいえる熱意により再び世に送り出され、今では小学校「国語」全社の教科書に掲載されるようになりました。
天才童謡詩人、金子みすゞ。自然の風景をやさしく見つめ、優しさにつらぬかれた彼女の作品の数々は、21世紀を生きる私たちに大切なメッセージを伝え続けています。
(金子みすゞ記念館ホームページより)
みすゞさんとの出会い
2003年(平成15年)1月21日、私は東京から山口へ帰郷しました。
作曲家活動の中で、自分の音楽の方向性を見失い、もう一度自分を見つめなおそうと思ってのことでした。
偶然にもその年は、みすゞさん生誕100年の年でした。
私が12歳の時に、父が買っていた1冊の詩集「わたしと小鳥とすずと」(金子みすゞ童謡詩集)を初めて手にとり、ページをめくりました。
ズキンズキンと心臓が鳴るのがわかりました。
「これだ…ここに私が歌いたい心がある…」
みすゞさんは、命あるものなきもの、見えるもの見えないもの、
全ての存在へ優しく深い眼差しを向けている…。
その世界の中で私たちは、尊い命を与えられて生きている。
命、絆、ご縁、全てのつながりに感謝をし、今を自分らしく生きて行く。
そのためのメッセージが、やわらかく、眩しく、描かれている。
「この詩に曲をつけて歌いたい」
この出合いの瞬間から、私は再び音楽の道を歩み始めました。
みすゞさんが伝えてくれる大切な心を、
ずっとずっと、歌い語っていきたい。
こだまし合う、一人として。
ちひろ



ちひろのコメント
この旅人は、なんだかお洒落な紳士を想像しますね。聞きなれない、呼ばれたことのない、「お嬢さん」という響きに、心が少し踊っている、可愛らしい様子。こんな小さな初めての喜びを、子どもの頃はきっとみんな、味わっていました。皆さんの思い出にも、そんな素敵な小さな思い出、ありますか?