misuzu kaneko金子みすゞ

今週の詩

お乳(ちち)の川
                  金子みすゞ
なくな、仔犬(こいぬ)よ、
日がくれる。

暮(く)れりゃ
母さんいなくとも、

紺(こん)の夜ぞらに
ほんのりと
お乳の川が
みえよもの。
ちひろのコメント
七夕の季節の詩もみすゞさんはいくつか詠っています。ミルキーウェイ。ギリシャ神話から生まれたこの言葉。みすゞさんも、ギリシャ神話やアンデルセン童話など、いろんな外国の物語に影響を受けていると言われているので、お乳の川と題したこの詩も、きっとその影響でしょうね。お星さまがいろんな想いを包んでくれる七夕の日。綺麗に見える夜空だと嬉しいですね。
2026/07/06の詩

大泊港(おおとまりみなと)
                  金子みすゞ
山の祭のかえりみち、
送ってくれた伯母(おば)様と、
別れて峠(とうげ)を降りるとき、
杉(すぎ)の梢(こずえ)にちかちかと、
きれいな海が光ってた。

海に帆柱(ほばしら)、とまり舟(ぶね)、
岸にちらほら藁(わら)の屋根、
みんなお空にあるような、
みんなお夢(ゆめ)にあるような。

峠くだれば蕎麦(そば)畑(ばたけ)、
畑(はたけ)のはてに見えるのは、
あれはやっぱり、大泊(おおとまり)、
ふるいさみしい港です。
ちひろのコメント
金子みすゞさんが故郷を詠った「仙崎八景」の8編のうちの一つです。青海島へ入るとすぐ、王子山公園の先に見えてくる大泊港。みすゞさんが暮らしていた頃の光景を思い描いて、重ねて見つめる長閑な風景が、なんとも心地よい時間が流れます。仙崎八景。ぜひ、ゆっくり訪れてほしい場所です。
2026/06/29の詩

麦藁(むぎわら)編(あ)む子の唄(うた)
                  金子みすゞ
私(わたし)の編んでる麦藁は、
どんなお帽子(ぼうし)になるかしら。

紺青(こんじょう)いろに染(そ)められて、
あかいリボンを附(つ)けられて、
遠い都のかざりまど、
明るい電灯(でんき)に照(て)らされて、
やがてかわいいおかっぱの、
嬢(じょっ)ちゃんのおつむにかぶられる……。

私もついてゆきたいな。
ちひろのコメント
自分が作った売られる商品。思いを込めて作ったものが、どこかの誰かの物になる。それが、憧れる都会のお嬢さんの物になったなら・・・。自分もそこへ行けたらいいな、そんな夢を描くだけでも、心がフワッとしますね。
2026/06/22の詩

とんび
                  金子みすゞ
とんびとろとろ
輪を描(か)いた。
あの輪のまん中
さがしたか。

海なら鰮(いわし)が十万よ、
陸(おか)ならねずみが一ぴきよ。

とんびとろとろ
輪を描いた。
その輪のまん中
みあげたら、

ぽっかり、まひるの
お月さま。
ちひろのコメント
金子みすゞの故郷、山口県長門市仙崎の空には、よくとんびが飛んでいます。「ピーヒョロロロ」とよく表現されますが、本当に長閑な光景で大好きです。輪を描く真ん中、とんび側と人間側の見える景色。その違いをこんなに素敵に描けるみすゞさん、素敵ですね。仙崎に行かれたら、ぜひとんびの姿や鳴き声に、心を傾けてみてください。みすゞさんと繋がるような気がします。
2026/06/15の詩

学校へゆくみち
                  金子みすゞ
学校へゆくみち、ながいから、
いつもお話、かんがえる。

みちで誰(だれ)かに逢(あ)わなけりゃ、
学校へつくまでかんがえる。

だけど誰かと出逢ったら、
朝の挨拶(あいさつ)せにゃならぬ。

すると私(わたし)はおもい出す、
お天気のこと、霜(しも)のこと、
田圃(たんぼ)がさびしくなったこと。

だから、私はゆくみちで、
ほかの誰にも逢わないで、
そのおはなしのすまぬうち、
御門(ごもん)をくぐる方がいい。
ちひろのコメント
金子みすゞさんは学校の行き帰り、一人で歩くのも大好きだったそうですが、この詩を読むと納得しますね。物語を考える、夢中になる時間だったんですね。誰でも、みんなといる時間、一人でいる時間、その両方のバランスが大切で、その価値観も人それぞれです。お互いのその‘大切’を、認め合える世の中でありたいものです。
2026/06/08の詩

「金子みすゞ童謡全集」(JULA出版局)より

JULA出版局

金子みすゞの詩、写真は、金子みすゞ著作保存会の了承を得て掲載しています。
転載される場合は、必ず「金子みすゞ著作保存会」の許可を得てください。
連絡先:〒112-0001 東京都文京区白山3-4-15 内田ハウス1F JULA出版局内
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金子みすゞプロフィール

金子みすゞ

 『赤い鳥』、『金の船』、『童話』などの童話童謡雑誌が次々と創刊され、隆盛を極めていた大正時代末期。そのなかで彗星のごとく現れ、ひときわ光を放っていたのが童謡詩人・金子みすゞです。
 金子みすゞ(本名テル)は、明治36年大津郡仙崎村(現在の長門市仙崎)に生まれました。成績は優秀、おとなしく、読書が好きでだれにでも優しい人であったといいます。

 そんな彼女が童謡を書き始めたのは、20歳の頃からでした。4つの雑誌に投稿した作品が、そのすべてに掲載されるという鮮烈なデビューを飾ったみすゞは、『童話』の選者であった西條八十に「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛されるなど、めざましい活躍をみせていきました。
 ところが、その生涯は決して明るいものではありませんでした。23歳で結婚したものの、文学に理解のない夫から詩作を禁じられてしまい、さらには病気、 離婚と苦しみが続きました。ついには、前夫から最愛の娘を奪われないために自死の道を選び、26歳という若さでこの世を去ってしまいます。こうして彼女の 残した作品は散逸し、いつしか幻の童謡詩人と語り継がれるばかりとなってしまうのです。

 それから50余年。長い年月埋もれていたみすゞの作品は、児童文学者の矢崎節夫氏(現金子みすゞ記念館館長)の執念ともいえる熱意により再び世に送り出され、今では小学校「国語」全社の教科書に掲載されるようになりました。
 天才童謡詩人、金子みすゞ。自然の風景をやさしく見つめ、優しさにつらぬかれた彼女の作品の数々は、21世紀を生きる私たちに大切なメッセージを伝え続けています。

(金子みすゞ記念館ホームページより)

金子みすゞ記念館

みすゞさんとの出会い

2003年(平成15年)1月21日、私は東京から山口へ帰郷しました。
作曲家活動の中で、自分の音楽の方向性を見失い、もう一度自分を見つめなおそうと思ってのことでした。
偶然にもその年は、みすゞさん生誕100年の年でした。
私が12歳の時に、父が買っていた1冊の詩集「わたしと小鳥とすずと」(金子みすゞ童謡詩集)を初めて手にとり、ページをめくりました。

ズキンズキンと心臓が鳴るのがわかりました。
「これだ…ここに私が歌いたい心がある…」

みすゞさんは、命あるものなきもの、見えるもの見えないもの、
全ての存在へ優しく深い眼差しを向けている…。
その世界の中で私たちは、尊い命を与えられて生きている。
命、絆、ご縁、全てのつながりに感謝をし、今を自分らしく生きて行く。
そのためのメッセージが、やわらかく、眩しく、描かれている。

「この詩に曲をつけて歌いたい」
この出合いの瞬間から、私は再び音楽の道を歩み始めました。

みすゞさんが伝えてくれる大切な心を、
ずっとずっと、歌い語っていきたい。

こだまし合う、一人として。

ちひろ

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