misuzu kaneko金子みすゞ
今週の詩
水と影(かげ)
金子みすゞお空のかげは、
水のなかにいっぱい。
お空のふちに、
木立(こだち)もうつる、
野茨(のばら)もうつる。
水はすなお、
なんの影も映(うつ)す。
水のかげは、
木立のしげみにちらちら。
明(あか)るい影よ、
すずしい影よ、
ゆれてる影よ。
水はつつましい、
自分の影は小さい。
夏の宵(よい)
金子みすゞ暮(く)れても明るい
空のいろ、
星がハモニカ
吹(ふ)いている。
暮れても街(まち)には
立つ埃(ほこり)、
空馬車からから
踊(おど)ってる。
暮れても明るい
土のいろ、
線香花火(せんこはなび)が
もえ尽(つ)きて、
あかい火だまが
ほろと散る。
ちひろのコメント
夏の宵、大好きな時間です。まだ冷めきらない昼の空気感が残る夜。みすゞさんの描写はまたとても綺麗です。星がハモニカ吹いている。なんて素敵な表現でしょう。もうこの最初の4行だけで、心は宵の空に持っていかれます。ゆっくりと、線香花火を楽しみたくなりました。世界中(せかいじゅう)の王様(おうさま)
金子みすゞ世界中の王様をよせて、
「お天気ですよ。」と云(い)ってあげよう。
王さまの御殿(ごてん)はひろいから、
どの王様も知らないだろう。
こんなお空を知らないだろう。
世界中の王様をよせて
そのまた王様になったのよりか、
もっと、ずっと、うれしいだろう。
ちひろのコメント
世界中の頂点に立っている王様よりも、気持ちのいい素晴らしい青空のお天気を知っている方が嬉しいという、この清々しさ。でも人は、頂点に立ってしまった時、本当は素直にお天気を、気持ちのいい青空を何の心配もなく眺められることを、諦めなくてはならないのかもしれませんね。何が幸せなのか・・・いろいろ考える現実です。お乳(ちち)の川
金子みすゞなくな、仔犬(こいぬ)よ、
日がくれる。
暮(く)れりゃ
母さんいなくとも、
紺(こん)の夜ぞらに
ほんのりと
お乳の川が
みえよもの。
ちひろのコメント
七夕の季節の詩もみすゞさんはいくつか詠っています。ミルキーウェイ。ギリシャ神話から生まれたこの言葉。みすゞさんも、ギリシャ神話やアンデルセン童話など、いろんな外国の物語に影響を受けていると言われているので、お乳の川と題したこの詩も、きっとその影響でしょうね。お星さまがいろんな想いを包んでくれる七夕の日。綺麗に見える夜空だと嬉しいですね。大泊港(おおとまりみなと)
金子みすゞ山の祭のかえりみち、
送ってくれた伯母(おば)様と、
別れて峠(とうげ)を降りるとき、
杉(すぎ)の梢(こずえ)にちかちかと、
きれいな海が光ってた。
海に帆柱(ほばしら)、とまり舟(ぶね)、
岸にちらほら藁(わら)の屋根、
みんなお空にあるような、
みんなお夢(ゆめ)にあるような。
峠くだれば蕎麦(そば)畑(ばたけ)、
畑(はたけ)のはてに見えるのは、
あれはやっぱり、大泊(おおとまり)、
ふるいさみしい港です。
ちひろのコメント
金子みすゞさんが故郷を詠った「仙崎八景」の8編のうちの一つです。青海島へ入るとすぐ、王子山公園の先に見えてくる大泊港。みすゞさんが暮らしていた頃の光景を思い描いて、重ねて見つめる長閑な風景が、なんとも心地よい時間が流れます。仙崎八景。ぜひ、ゆっくり訪れてほしい場所です。「金子みすゞ童謡全集」(JULA出版局)より
金子みすゞの詩、写真は、金子みすゞ著作保存会の了承を得て掲載しています。
転載される場合は、必ず「金子みすゞ著作保存会」の許可を得てください。
連絡先:〒112-0001 東京都文京区白山3-4-15 内田ハウス1F JULA出版局内
TEL:03-3818-0791 FAX:03-3818-0796
金子みすゞプロフィール

『赤い鳥』、『金の船』、『童話』などの童話童謡雑誌が次々と創刊され、隆盛を極めていた大正時代末期。そのなかで彗星のごとく現れ、ひときわ光を放っていたのが童謡詩人・金子みすゞです。
金子みすゞ(本名テル)は、明治36年大津郡仙崎村(現在の長門市仙崎)に生まれました。成績は優秀、おとなしく、読書が好きでだれにでも優しい人であったといいます。
そんな彼女が童謡を書き始めたのは、20歳の頃からでした。4つの雑誌に投稿した作品が、そのすべてに掲載されるという鮮烈なデビューを飾ったみすゞは、『童話』の選者であった西條八十に「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛されるなど、めざましい活躍をみせていきました。
ところが、その生涯は決して明るいものではありませんでした。23歳で結婚したものの、文学に理解のない夫から詩作を禁じられてしまい、さらには病気、 離婚と苦しみが続きました。ついには、前夫から最愛の娘を奪われないために自死の道を選び、26歳という若さでこの世を去ってしまいます。こうして彼女の 残した作品は散逸し、いつしか幻の童謡詩人と語り継がれるばかりとなってしまうのです。
それから50余年。長い年月埋もれていたみすゞの作品は、児童文学者の矢崎節夫氏(現金子みすゞ記念館館長)の執念ともいえる熱意により再び世に送り出され、今では小学校「国語」全社の教科書に掲載されるようになりました。
天才童謡詩人、金子みすゞ。自然の風景をやさしく見つめ、優しさにつらぬかれた彼女の作品の数々は、21世紀を生きる私たちに大切なメッセージを伝え続けています。
(金子みすゞ記念館ホームページより)
みすゞさんとの出会い
2003年(平成15年)1月21日、私は東京から山口へ帰郷しました。
作曲家活動の中で、自分の音楽の方向性を見失い、もう一度自分を見つめなおそうと思ってのことでした。
偶然にもその年は、みすゞさん生誕100年の年でした。
私が12歳の時に、父が買っていた1冊の詩集「わたしと小鳥とすずと」(金子みすゞ童謡詩集)を初めて手にとり、ページをめくりました。
ズキンズキンと心臓が鳴るのがわかりました。
「これだ…ここに私が歌いたい心がある…」
みすゞさんは、命あるものなきもの、見えるもの見えないもの、
全ての存在へ優しく深い眼差しを向けている…。
その世界の中で私たちは、尊い命を与えられて生きている。
命、絆、ご縁、全てのつながりに感謝をし、今を自分らしく生きて行く。
そのためのメッセージが、やわらかく、眩しく、描かれている。
「この詩に曲をつけて歌いたい」
この出合いの瞬間から、私は再び音楽の道を歩み始めました。
みすゞさんが伝えてくれる大切な心を、
ずっとずっと、歌い語っていきたい。
こだまし合う、一人として。
ちひろ



ちひろのコメント
水に映っているものはみんなそのままの姿。水の素直さを詠っています。でも水の影と詠うそのキラキラと反射する水の姿を、みすゞさんはつつましいと詠います。そのちらちらと映る水の光の影。それはとても小さく輝いていますね。それは、水の影だったんだ・・・小さくなって、細かくなって、揺れている。なんて素敵な姿でしょうか。私はこの詩で、初めての感動を覚えました。