misuzu kaneko金子みすゞ

今週の詩

かんざし
                  金子みすゞ
誰(だれ)も知らない、
あのかんざしに、
千代紙着せて 
あそんだことを。
  母さまはお湯(ぶう)だったし、
  兄さんはお使いだったし……。

誰が見ていた、
あのかんざしを、
そっとかくして
しまったことを。
  お日さまは沈(しず)んでたし、
  お月さまはまだだったし……。

誰がみつけよ、
あのかんざしの、
花のおくびが
もげてることを。
  昼間も暗い隅(すみ)っこだし、
  金銀草は茂(しげ)っているし……。

誰も知らない
誰も知らない。
ちひろのコメント
小さい頃、いろんなもので遊んでいて、壊れてしまったり、失くしてしまったり。そんな時の苦い気持ち、誰もが経験していることでしょう。誰も見ていないだろうと思う中で、お日さまに知られたかな、お月さまに見られたかな、と心配する子どもの心の描写がいいですね。暗かったからわからないよね、金銀草で隠れて見えないよね、誰もしらないはず・・・と。でも、人間以外に「お天道様が見ているよ」と躾けられた昔の記憶。懐かしいとともに、悪いことは出来ないなと思う‘畏れ’があることは、とても大事なことですね。
2026/06/01の詩

見えないもの
                  金子みすゞ
ねんねした間になにがある。

うすももいろの花びらが、
お床(とこ)の上に降(ふ)り積り、
お目々さませば、ふと消える。

誰(だれ)もみたものないけれど、
誰がうそだといいましょう。

まばたきするまに何がある。

白い天馬が翅(はね)のべて、
白羽の矢よりもまだ早く、
青いお空をすぎてゆく。

誰もみたものないけれど、
誰がうそだといえましょう。
ちひろのコメント
ウソかホントか、幻か・・・。信じてもらえないことも、その人にとってのホントもある。空想している世界さえ、誰にもウソだとは言えないよと。こんな世界があったらいいな、きっとこんな世界もある。そんな心を受け止める、優しさがいっぱいあっても、いいですよね。
2026/06/01の詩

おねんねお舟(ふね)
                  金子みすゞ
島から来た舟、おつかれか、
入り江(え)の波はやさしいに、
ゆったり、ゆったり、おねんねよ。

おさかな積んで、はるばると、
ひろい荒海(あらうみ)こえて来た、
小さい舟よ、おねんねよ。

島の人たちもどるときゃ、
重いお米を買ってくる、
青い菜(な)っぱを買ってくる。

島から来た舟、それまでは、
やさしい波にゆすられて、
ゆったり、ゆったり、おねんねよ。
ちひろのコメント
金子みすゞの故郷、山口県長門市仙崎には、今は青海島にかかる橋がありますが、当時は橋がなく渡し舟が行き来していました。港の渡し場で待っている舟の様子も、こうして味わうと、とてもかわいい舟たちです。みすゞさんの眼差しに映る世界は、みんなみんなお仕事したり、遊んだり。人間も、物も、植物たちもみんなみんな一緒です、生きています。
2026/05/25の詩

田舎(いなか)
                  金子みすゞ
私(わたし)は見たくてたまらない。

小さい蜜柑(みかん)が蜜柑の木に、
金色に熟(う)れているとこを。

また、無花果(いちじく)がまだ子供(こども)で、
木にかじりついているとこを。

それから、穂麦(ほむぎ)に風が吹(ふ)き、
雲雀(ひばり)が歌をうたうとこを。

私は行きたくてたまらない。

雲雀(ひばり)がうたうのは春だろうけれど、
蜜柑(みかん)の木にはいつ頃(ごろ)に、
どんなお花が咲(さ)くだろうな。

絵にしなきゃ見ない田舎には、
絵にしないことが、きっと、
たくさんたくさんあるだろうな。
ちひろのコメント
この見つめている絵は、一枚の絵の中にいろんな季節のものが一緒に描かれているんですね。絵にしかないことがきっとたくさんある。その空想の先の世界に行ってみたい。いつの時代も、みんなが想う世界です。
2026/05/18の詩

一軒屋(いっけんや)の時計
                  金子みすゞ
お日さま、お空のまんなかだ、
のろまの時計がおくれたよ、
ちょっくら、お日さんに合わせましょ。

田舎(いなか)の一軒屋のお時計は、
いちんち欠伸(あくび)といねむりだ。
ちひろのコメント
正確に時を刻む時計が遅れた姿に、皆さんはどんな気持ちを抱くでしょうか。金子みすゞさんの眼差しはやっぱり面白いですね。一日そのまま、時計が指している時間が来るまで居眠りです。こののんびりした感覚を、私たちはすっかり忘れてしまっているかもしれません。こうした心の余裕が欲しいこの頃です。
2026/05/11の詩

「金子みすゞ童謡全集」(JULA出版局)より

JULA出版局

金子みすゞの詩、写真は、金子みすゞ著作保存会の了承を得て掲載しています。
転載される場合は、必ず「金子みすゞ著作保存会」の許可を得てください。
連絡先:〒112-0001 東京都文京区白山3-4-15 内田ハウス1F JULA出版局内
TEL:03-3818-0791 FAX:03-3818-0796

金子みすゞプロフィール

金子みすゞ

 『赤い鳥』、『金の船』、『童話』などの童話童謡雑誌が次々と創刊され、隆盛を極めていた大正時代末期。そのなかで彗星のごとく現れ、ひときわ光を放っていたのが童謡詩人・金子みすゞです。
 金子みすゞ(本名テル)は、明治36年大津郡仙崎村(現在の長門市仙崎)に生まれました。成績は優秀、おとなしく、読書が好きでだれにでも優しい人であったといいます。

 そんな彼女が童謡を書き始めたのは、20歳の頃からでした。4つの雑誌に投稿した作品が、そのすべてに掲載されるという鮮烈なデビューを飾ったみすゞは、『童話』の選者であった西條八十に「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛されるなど、めざましい活躍をみせていきました。
 ところが、その生涯は決して明るいものではありませんでした。23歳で結婚したものの、文学に理解のない夫から詩作を禁じられてしまい、さらには病気、 離婚と苦しみが続きました。ついには、前夫から最愛の娘を奪われないために自死の道を選び、26歳という若さでこの世を去ってしまいます。こうして彼女の 残した作品は散逸し、いつしか幻の童謡詩人と語り継がれるばかりとなってしまうのです。

 それから50余年。長い年月埋もれていたみすゞの作品は、児童文学者の矢崎節夫氏(現金子みすゞ記念館館長)の執念ともいえる熱意により再び世に送り出され、今では小学校「国語」全社の教科書に掲載されるようになりました。
 天才童謡詩人、金子みすゞ。自然の風景をやさしく見つめ、優しさにつらぬかれた彼女の作品の数々は、21世紀を生きる私たちに大切なメッセージを伝え続けています。

(金子みすゞ記念館ホームページより)

金子みすゞ記念館

みすゞさんとの出会い

2003年(平成15年)1月21日、私は東京から山口へ帰郷しました。
作曲家活動の中で、自分の音楽の方向性を見失い、もう一度自分を見つめなおそうと思ってのことでした。
偶然にもその年は、みすゞさん生誕100年の年でした。
私が12歳の時に、父が買っていた1冊の詩集「わたしと小鳥とすずと」(金子みすゞ童謡詩集)を初めて手にとり、ページをめくりました。

ズキンズキンと心臓が鳴るのがわかりました。
「これだ…ここに私が歌いたい心がある…」

みすゞさんは、命あるものなきもの、見えるもの見えないもの、
全ての存在へ優しく深い眼差しを向けている…。
その世界の中で私たちは、尊い命を与えられて生きている。
命、絆、ご縁、全てのつながりに感謝をし、今を自分らしく生きて行く。
そのためのメッセージが、やわらかく、眩しく、描かれている。

「この詩に曲をつけて歌いたい」
この出合いの瞬間から、私は再び音楽の道を歩み始めました。

みすゞさんが伝えてくれる大切な心を、
ずっとずっと、歌い語っていきたい。

こだまし合う、一人として。

ちひろ

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