misuzu kaneko金子みすゞ
今週の詩
このみち
金子みすゞこのみちのさきには、
大きな森があろうよ。
ひとりぼっちの榎(えのき)よ、
このみちをゆこうよ。
このみちのさきには、
大きな海があろうよ。
蓮池(はすいけ)のかえろよ、
このみちをゆこうよ。
このみちのさきには、
大きな都があろうよ。
さびしそうな案山子(かかし)よ、
このみちを行こうよ。
このみちのさきには、
なにかなにかあろうよ。
みんなでみんなで行こうよ、
このみちをゆこうよ。
赤い靴
金子みすゞ空はきのうもきょうも青い、
路はきのうもきょうも白い。
溝(みぞ)のふちにも花が咲(さ)いた、
小(ち)さいはこべの花が咲いた。
坊(ぼう)やもべべがかろくなって、
一足、二足、あるき出した。
一足踏(ふ)んでは得意(とくい)そうに、
笑う、笑う、声を立てて。
買ったばかしの赤い靴で、
坊や、あんよ、春が来たよ。
ちひろのコメント
大好きな詩です。春が来る喜びと、坊やが歩き出す喜びが、春の薄青い空に広がります。小さな小さなはこべの花も、きっと一緒に喜んでいます。春は、小さな喜びがいっぱい。さぁ、私たちのそれぞれの春の小さな花が咲き始める春を、共に喜び合いましょう。そして、新しい4月を迎えましょう。春の朝
金子みすゞ雀(すずめ)がなくな、
いい日和(ひより)だな、
うっとり、うっとり
ねむいな。
上の瞼(まぶた)はあこうか、
下の瞼はまァだよ、
うっとり、うっとり
ねむいな。
ちひろのコメント
暖かくなってくると、ウトウト眠くなるそのひととき、なんとも言えない時間ですよね。でも、この上の瞼の感覚は分かるんですが、下の瞼の意識、これはこの詩を読んで初めて、ハッとしました。確かに、目を開けたくない時の感覚、皆さんぜひ目をつむって、眠たい時の目を開けたくない感覚、開けようとして開かない、その動作をちょっと真似してみてください。下の瞼の「まァだよ」がよくわかります。金子みすゞさんは、本当に細やかな感性をしていますね♪犬とめじろ
金子みすゞ巨(おお)きな犬の吠(ほ)えるのは、
大きらいだけれど、
小さい目白(めじろ)のなく声は、
大好(す)きなのよ。
わたしの泣くこえ、
どっちに似(に)てるだろ。
ちひろのコメント
大きらい、という言葉は金子みすゞさんの詩にはとても珍しい表現ですが、それほど大きな犬の吠えるのは苦手だったんですね。そして大好きな目白の鳴く声とどちらに自分が似ているか。面白い気持ちです。犬と鳥と人間のなき声。それを比べるみすゞさんは、やっぱり面白いです。自分は何のなき声に似てたら嬉しいのでしょう。皆さんは何でしょう。わたしは・・・猫かな?雀(すずめ)
金子みすゞときどき私(わたし)はおもうのよ。
雀(すずめ)に御馳走(ごちそう)してやって、
みんな馴(な)らして名をつけて、
肩(かた)やお掌(てて)にとまらせて、
よそへあそびに行くことを。
けれどもじきに忘(わす)れるの。
だって、遊びはたくさんで、
雀のことなんか忘れるの。
思い出すのは夜だもの、
雀のいない夜だもの。
いつも私のおもうこと、
もしか雀が知ってたら、
待(ま)ちぼけばっかししてるでしょ。
わたしほんとにわるい子よ。
ちひろのコメント
子どもはいろんなものに興味が移って、いろんなことを忘れてしまうもの。雀が一緒に遊ぼうとしている自分の気持ちを知っていたら、ずっと待ちぼうけしてしまう。ほんとにわるい子よ、と言いながら、そんな「わたし」の気持ちは止まらない。きっと、雀はそんな「わたし」を許していることでしょう。雀もきっと、同じでしょう。そんな軽やかな関係もまた、素敵なものです。「金子みすゞ童謡全集」(JULA出版局)より
金子みすゞの詩、写真は、金子みすゞ著作保存会の了承を得て掲載しています。
転載される場合は、必ず「金子みすゞ著作保存会」の許可を得てください。
連絡先:〒112-0001 東京都文京区白山3-4-15 内田ハウス1F JULA出版局内
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金子みすゞプロフィール

『赤い鳥』、『金の船』、『童話』などの童話童謡雑誌が次々と創刊され、隆盛を極めていた大正時代末期。そのなかで彗星のごとく現れ、ひときわ光を放っていたのが童謡詩人・金子みすゞです。
金子みすゞ(本名テル)は、明治36年大津郡仙崎村(現在の長門市仙崎)に生まれました。成績は優秀、おとなしく、読書が好きでだれにでも優しい人であったといいます。
そんな彼女が童謡を書き始めたのは、20歳の頃からでした。4つの雑誌に投稿した作品が、そのすべてに掲載されるという鮮烈なデビューを飾ったみすゞは、『童話』の選者であった西條八十に「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛されるなど、めざましい活躍をみせていきました。
ところが、その生涯は決して明るいものではありませんでした。23歳で結婚したものの、文学に理解のない夫から詩作を禁じられてしまい、さらには病気、 離婚と苦しみが続きました。ついには、前夫から最愛の娘を奪われないために自死の道を選び、26歳という若さでこの世を去ってしまいます。こうして彼女の 残した作品は散逸し、いつしか幻の童謡詩人と語り継がれるばかりとなってしまうのです。
それから50余年。長い年月埋もれていたみすゞの作品は、児童文学者の矢崎節夫氏(現金子みすゞ記念館館長)の執念ともいえる熱意により再び世に送り出され、今では小学校「国語」全社の教科書に掲載されるようになりました。
天才童謡詩人、金子みすゞ。自然の風景をやさしく見つめ、優しさにつらぬかれた彼女の作品の数々は、21世紀を生きる私たちに大切なメッセージを伝え続けています。
(金子みすゞ記念館ホームページより)
みすゞさんとの出会い
2003年(平成15年)1月21日、私は東京から山口へ帰郷しました。
作曲家活動の中で、自分の音楽の方向性を見失い、もう一度自分を見つめなおそうと思ってのことでした。
偶然にもその年は、みすゞさん生誕100年の年でした。
私が12歳の時に、父が買っていた1冊の詩集「わたしと小鳥とすずと」(金子みすゞ童謡詩集)を初めて手にとり、ページをめくりました。
ズキンズキンと心臓が鳴るのがわかりました。
「これだ…ここに私が歌いたい心がある…」
みすゞさんは、命あるものなきもの、見えるもの見えないもの、
全ての存在へ優しく深い眼差しを向けている…。
その世界の中で私たちは、尊い命を与えられて生きている。
命、絆、ご縁、全てのつながりに感謝をし、今を自分らしく生きて行く。
そのためのメッセージが、やわらかく、眩しく、描かれている。
「この詩に曲をつけて歌いたい」
この出合いの瞬間から、私は再び音楽の道を歩み始めました。
みすゞさんが伝えてくれる大切な心を、
ずっとずっと、歌い語っていきたい。
こだまし合う、一人として。
ちひろ



ちひろのコメント
卒業シーズンに贈りたい金子みすゞの詩のひとつ。校長先生から卒業生に贈られるメッセージとしても選ばれています。卒業しても、ずっとずっとみんな一緒だよ、それぞれの道だけど、みんな同じ志で歩んでいるよ、一人じゃないよ。そんな思いが重なります。卒業される皆さん、ご卒業おめでとうございます。これからも、みんなでゆこうよ、このみちをゆこうよ、です。