misuzu kaneko金子みすゞ
今週の詩
帆(ほ)
金子みすゞ港に着いた舟(ふね)の帆は、
みんな古びて黒いのに、
はるかの沖(おき)をゆく舟は、
光りかがやく白い帆ばかり。
はるかの沖の、あの舟は、
いつも、港へつかないで、
海とお空のさかいめばかり、
はるかに遠くへ行くんだよ。
かがやきながら、行くんだよ。
雪に
金子みすゞ海にふる雪は、海になる。
街(まち)にふる雪は、泥(どろ)になる。
山にふる雪は、雪でいる。
空にまだいる雪、
どォれがお好き。
ちひろのコメント
この詩も大好きな詩のひとつです。大人の感覚だと、泥になるのは嫌だなぁと思うはず、と決めつけてしまいます。でも、思い出してみれば、子どもの頃、どろんこ遊びも大好きでした。金子みすゞさんは、いつも、目の前に広がる自然界の全てを、そのまま素敵な存在として見つめている。あるがままを肯定して尊重して見つめている気がします。この眼差しを来年も自分の心根にしっかり根付かせたいなぁと思う、年末を迎える今日この頃の思いです。冬の星
金子みすゞ霜夜(しもよ)の
まちで
お姉(ねえ)さま、
空をみながら
いいました。
――しずかに
さむく
さよならと。
霜夜の
そらの
お星さま、
いちばん青い
お星さま。
――ちょうど
あなたに
いうように。
ちひろのコメント
お姉さまは誰かと、何かとお別れしたのでしょうか。子ども心にも何かを感じるお姉さまの気持ち。‘わたし’も同じように星空を見つめると、ひと際光る青い星が、思いを全て聞いてくれているかのように光っています。空は、いろんな思いを全て受け止めてくれる、綺麗なきれいな空と星です。星のかず
金子みすゞ十(とお)しきゃない
指で、
お星の
かずを、
かずえて
いるよ、
きのうも
きょうも。
十しきゃない
指で、
お星の
かずを、
かずえて
ゆこう。
いついつ
までも。
ちひろのコメント
寒空は星が綺麗に映りますが、この詩は無数に広がる星空に想いをはせる、とてもキラキラした気持ちになります。子どもの時に描いた夢、将来への果てしない想いが、このお星さまを数える気持ちに重なります。みすゞさんの素敵なセンスは、改行にも光ります。最後の、いついつ/までも。の改行で、心が一度区切られる、このリズム。このゆっくりとしたリズムは、私たちの心を優しく無限の空へ連れていってくれます。冬の空に、あなたは何を想いますか。松かさ
金子みすゞ磯(いそ)の小松の
松かさは、
海のあなたの
こいしさに、
落ちて小舟(こぶね)に
のりました。
乗りは乗ったが
その舟は、
沖(おき)で一夜(ひとよ)さ
さかな採(と)り、
もとの浜(はま)へと
つきました。
ちひろのコメント
金子みすゞさんの詩の中には、ちょっと皮肉なストーリーのものも少なくありませんが、これもそのひとつ。松かさ(松ぼっくり)がせっかく海の大海原へ旅に出たかったのに、小舟に落ちて、さぁいよいよと、乗ってワクワクしていたら、なんてことはない、一夜でまた帰って来てしまいました。その時の松かさの気持ち、なんとも言えないですね。人生も、こうした‘がっかり’を繰り返しながら前へ進むんですよね。頑張りましょう(笑)「金子みすゞ童謡全集」(JULA出版局)より
金子みすゞの詩、写真は、金子みすゞ著作保存会の了承を得て掲載しています。
転載される場合は、必ず「金子みすゞ著作保存会」の許可を得てください。
連絡先:〒112-0001 東京都文京区白山3-4-15 内田ハウス1F JULA出版局内
TEL:03-3818-0791 FAX:03-3818-0796
金子みすゞプロフィール

『赤い鳥』、『金の船』、『童話』などの童話童謡雑誌が次々と創刊され、隆盛を極めていた大正時代末期。そのなかで彗星のごとく現れ、ひときわ光を放っていたのが童謡詩人・金子みすゞです。
金子みすゞ(本名テル)は、明治36年大津郡仙崎村(現在の長門市仙崎)に生まれました。成績は優秀、おとなしく、読書が好きでだれにでも優しい人であったといいます。
そんな彼女が童謡を書き始めたのは、20歳の頃からでした。4つの雑誌に投稿した作品が、そのすべてに掲載されるという鮮烈なデビューを飾ったみすゞは、『童話』の選者であった西條八十に「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛されるなど、めざましい活躍をみせていきました。
ところが、その生涯は決して明るいものではありませんでした。23歳で結婚したものの、文学に理解のない夫から詩作を禁じられてしまい、さらには病気、 離婚と苦しみが続きました。ついには、前夫から最愛の娘を奪われないために自死の道を選び、26歳という若さでこの世を去ってしまいます。こうして彼女の 残した作品は散逸し、いつしか幻の童謡詩人と語り継がれるばかりとなってしまうのです。
それから50余年。長い年月埋もれていたみすゞの作品は、児童文学者の矢崎節夫氏(現金子みすゞ記念館館長)の執念ともいえる熱意により再び世に送り出され、今では小学校「国語」全社の教科書に掲載されるようになりました。
天才童謡詩人、金子みすゞ。自然の風景をやさしく見つめ、優しさにつらぬかれた彼女の作品の数々は、21世紀を生きる私たちに大切なメッセージを伝え続けています。
(金子みすゞ記念館ホームページより)
みすゞさんとの出会い
2003年(平成15年)1月21日、私は東京から山口へ帰郷しました。
作曲家活動の中で、自分の音楽の方向性を見失い、もう一度自分を見つめなおそうと思ってのことでした。
偶然にもその年は、みすゞさん生誕100年の年でした。
私が12歳の時に、父が買っていた1冊の詩集「わたしと小鳥とすずと」(金子みすゞ童謡詩集)を初めて手にとり、ページをめくりました。
ズキンズキンと心臓が鳴るのがわかりました。
「これだ…ここに私が歌いたい心がある…」
みすゞさんは、命あるものなきもの、見えるもの見えないもの、
全ての存在へ優しく深い眼差しを向けている…。
その世界の中で私たちは、尊い命を与えられて生きている。
命、絆、ご縁、全てのつながりに感謝をし、今を自分らしく生きて行く。
そのためのメッセージが、やわらかく、眩しく、描かれている。
「この詩に曲をつけて歌いたい」
この出合いの瞬間から、私は再び音楽の道を歩み始めました。
みすゞさんが伝えてくれる大切な心を、
ずっとずっと、歌い語っていきたい。
こだまし合う、一人として。
ちひろ



ちひろのコメント
今年の締めくくりはこの「帆」にしました。念願だった日本コロムビアからのメジャーデビュー。そのNEWアルバムの新曲として選んだ詩です。みすゞさんと同じ仙崎生まれの作詞家・大津あきらのヒットソング、徳永英明の「輝きながら…」をコンサートでよく歌うようになって、それからこのデビューの話が動き始めました。時代は違っても、みすゞさんと大津さんの二人が、大好きな故郷・仙崎の海の輝きの向こうに、夢を描いている、その後ろ姿が重なって見えてくる。そして、自分も夢を描きながら、輝きながら行くんだ、と強く刻んだ詩です。今年はこの詩が、私の心を映し出す大切な1編でした。来年も、心はいつもキラキラと輝きながら、行けますように!皆様、よいお年をお迎えください♪