misuzu kaneko金子みすゞ
今週の詩
雨のあと
金子みすゞ日かげの葉っぱは
泣きむしだ、
ほろりほろりと
泣いている。
日向(ひなた)の葉っぱは
笑い出す、
なみだの痕(あと)が
もう乾(かわ)く。
日かげの葉っぱの
泣きむしに、
たれか、ハンカチ
貸(か)してやれ。
蛍のころ
金子みすゞほたるのころに
なりました。
新しい
麦わらで、
小さな蛍籠(かご)
編(あ)みましょか、
編み編み小径(こみち)を
行きましょか。
青いつゆくさ、
露(つゆ)のみち、
はだしで踏(ふ)み踏み
ゆきましょか。
ちひろのコメント
私の故郷山口市にも、蛍の名所「一の坂川」があります。日本の原風景とも言うべき一つでしょうか。いつまでも蛍の光は私達の心を癒してくれますね。この蛍が育つ川がずっとずっとなくなりませんように。小さなうたがい
金子みすゞあたしひとりが
叱(しか)られた。
女のくせにって
しかられた。
兄さんばっかし
ほんの子で、
あたしはどっかの
親なし子。
ほんのおうちは
どこかしら。
ちひろのコメント
兄弟のこういうことはよくあることですね。それぞれの立場でそれぞれの思いがあって、親も公平に叱ることがなかなか難しい状況。こうしたやりとりで、小さな社会勉強です。私は兄が勉強している側に行って邪魔していたので、叱られてあたり前でした(笑)。つばな
金子みすゞつゥばな、つばな、
白(しィろ)い、白(しィろ)いつばな。
夕日の土手で、
つばなを抜(ぬ)けば、
ぬいちゃいやいや、
かぶりをふるよ。
つゥばな、つばな、
白(しィろ)い、白(しィろ)いつばな。
日ぐれの風に、
飛ばそよ、飛ばそ、
日ぐれの空の、
白(しィろ)い雲になァれ。
ちひろのコメント
歌っているように詠んでみてください。とっても気持ちが軽やかになります。初夏の白いふわふわした毛の束のような花を咲かせるつばな。小さいころ、道端のいろんな草花で遊んだ頃が、懐かしいです。金子みすゞさんもきっと、お花たちと遊んでいたんですね。雲のこども
金子みすゞ風の子供(こども)のいるとこに、
波の子供はあそびます。
波の大人のいるとこにゃ、
風も大人がいるのです。
だのに、お空を旅してる、
雲のこどもはかわいそう。
大人の風につれられて、
いきをきらしてついてゆく。
ちひろのコメント
金子みすゞさんは、いろんな立場に立ってみつめる心が本当に柔らかくて、この詩も、あぁ本当だ、とふっと心の力が抜けるような、そんな感覚にもなります。雲は小さくても大きくても同じ速さで進んでゆく。その様を大人と子供として見つめるみすゞさん。この自然界すべてに、いのちがあり物語がある。心豊かな風景です。「金子みすゞ童謡全集」(JULA出版局)より
金子みすゞの詩、写真は、金子みすゞ著作保存会の了承を得て掲載しています。
転載される場合は、必ず「金子みすゞ著作保存会」の許可を得てください。
連絡先:〒112-0001 東京都文京区白山3-4-15 内田ハウス1F JULA出版局内
TEL:03-3818-0791 FAX:03-3818-0796
金子みすゞプロフィール

『赤い鳥』、『金の船』、『童話』などの童話童謡雑誌が次々と創刊され、隆盛を極めていた大正時代末期。そのなかで彗星のごとく現れ、ひときわ光を放っていたのが童謡詩人・金子みすゞです。
金子みすゞ(本名テル)は、明治36年大津郡仙崎村(現在の長門市仙崎)に生まれました。成績は優秀、おとなしく、読書が好きでだれにでも優しい人であったといいます。
そんな彼女が童謡を書き始めたのは、20歳の頃からでした。4つの雑誌に投稿した作品が、そのすべてに掲載されるという鮮烈なデビューを飾ったみすゞは、『童話』の選者であった西條八十に「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛されるなど、めざましい活躍をみせていきました。
ところが、その生涯は決して明るいものではありませんでした。23歳で結婚したものの、文学に理解のない夫から詩作を禁じられてしまい、さらには病気、 離婚と苦しみが続きました。ついには、前夫から最愛の娘を奪われないために自死の道を選び、26歳という若さでこの世を去ってしまいます。こうして彼女の 残した作品は散逸し、いつしか幻の童謡詩人と語り継がれるばかりとなってしまうのです。
それから50余年。長い年月埋もれていたみすゞの作品は、児童文学者の矢崎節夫氏(現金子みすゞ記念館館長)の執念ともいえる熱意により再び世に送り出され、今では小学校「国語」全社の教科書に掲載されるようになりました。
天才童謡詩人、金子みすゞ。自然の風景をやさしく見つめ、優しさにつらぬかれた彼女の作品の数々は、21世紀を生きる私たちに大切なメッセージを伝え続けています。
(金子みすゞ記念館ホームページより)
みすゞさんとの出会い
2003年(平成15年)1月21日、私は東京から山口へ帰郷しました。
作曲家活動の中で、自分の音楽の方向性を見失い、もう一度自分を見つめなおそうと思ってのことでした。
偶然にもその年は、みすゞさん生誕100年の年でした。
私が12歳の時に、父が買っていた1冊の詩集「わたしと小鳥とすずと」(金子みすゞ童謡詩集)を初めて手にとり、ページをめくりました。
ズキンズキンと心臓が鳴るのがわかりました。
「これだ…ここに私が歌いたい心がある…」
みすゞさんは、命あるものなきもの、見えるもの見えないもの、
全ての存在へ優しく深い眼差しを向けている…。
その世界の中で私たちは、尊い命を与えられて生きている。
命、絆、ご縁、全てのつながりに感謝をし、今を自分らしく生きて行く。
そのためのメッセージが、やわらかく、眩しく、描かれている。
「この詩に曲をつけて歌いたい」
この出合いの瞬間から、私は再び音楽の道を歩み始めました。
みすゞさんが伝えてくれる大切な心を、
ずっとずっと、歌い語っていきたい。
こだまし合う、一人として。
ちひろ



ちひろのコメント
金子みすゞさんのこのちょっとからかうような世界観。全てのものに優しく深い眼差しを向けるみすゞさんですが、人間のいろんな姿をこうした可愛い世界で表現します。綺麗に優しく描写するだけでなく、皮肉ったり戒めたり。でもそこに必ず‘思いやり’があるのがみすゞさん。今の時代、この思いやり、もっと声を大きくして伝える必要がある気がします。