misuzu kaneko金子みすゞ
今週の詩
忘(わす)れもの
金子みすゞ田舎(いなか)の駅(えき)の待合室(まちあい)に、
しずかに夜は更(ふ)けました。
いつのお汽車を待つのやら。
ふるい人形は、ただひとり。
しまいの汽車におどろいた、
虫もひそひそ鳴くころに、
箒(ほうき)をもったおじいさん、
じっとみつめておりました。
ふるい人形のかあさんは、
いく山さきを行くのやら。
とおく、こだまがひびきます。
田舎の駅(えき)は夜ふけて、
しずかに虫が、ないてます。
はつ秋
金子みすゞ白いいかめしい日曜の銀行に、
ころ、ころ、ころ、とこおろぎが鳴き、
白いようにうすい朝の空を、
すらすらと蜻蛉(とんぼう)が飛ぶ。
(秋は今朝(けさ)、
港に着いた。)
白い巨(おお)きな日曜の銀行に、
陽(ひ)はかっきりと影(かげ)をつくり、
白い糸のついた蝉(せみ)は電線(でんせん)にからまって、
うすい翅(はね)をふるわせている。
ちひろのコメント
ふと気づく季節の移り変わり。私たちは何を感じて「あ、秋が来た」と思うでしょうか。みすゞさんのこの描写はまたはっきりしていて、秋の空のように澄み切った表現に感じますね。現実をそのままに奥深く見つめている、みすゞさんらしさを想います。お日さん、雨さん
金子みすゞほこりのついた
芝草(しばくさ)を
雨さん洗って
くれました。
洗ってぬれた
芝草を
お日さんほして
くれました。
こうして私が
ねころんで
空をみるのに
よいように。
ちひろのコメント
雨が降ること、日が照ること、そして芝草が生えていること、その全てのおかげで自分のほのぼのした何でもない日常がある。気に留めない、様々な自然のはたらきが、どんなに日々に彩りを与えてくれているでしょうか。おかげさまの毎日です光の籠(かご)
金子みすゞ私はいまね、小鳥なの。
夏の木のかげ、光の籠(かご)に、
みえない誰(だれ)かに飼(か)われてて、
知っているだけ唄(うた)うたう、
私はかわいい小鳥なの。
光の籠はやぶれるの、
ぱっと翅(はね)さえひろげたら、
だけど私は、おとなしく、
籠に飼(か)われて唄(うた)ってる、
心やさしい小鳥なの。
ちひろのコメント
金子みすゞさんの人生がこの詩に重なってきます。自分の気持ちよりも周りのことを思って自分を犠牲にしてしまう生き方。「心やさしい小鳥」という言葉に、そんな自分を慰めているもう一人の自分がいるような気がします。生き方の選択は、どれも間違いでもなく、正解でもないのかもしれませんね。杉(すぎ)と杉菜
金子みすゞ一本杉はうたう。
あの山のむこうの
大きな海のなかに、
蝶々(ちょうちょ)のような、
白帆(しらほ)を三つ、みたよ。
一本杉はうたう。
あの山のむこうの
大きな町のなかで、
青銅(からかね)の豚(ぶた)が、
水を噴(ふ)くのをみたよ。
一本杉の下で
杉菜がうたう。
私(わたし)もいつか、
あんなに伸びて、
遠くの遠くをみようよ。
ちひろのコメント
杉も人間も、生きている日々の出逢いをうたう。きっと、命ある全てが、その生きている証を歌っているのだと思う。歌えるということは、希望があるように思う。だから、歌う。歌おう。明日を、そのまた明日を。「金子みすゞ童謡全集」(JULA出版局)より
金子みすゞの詩、写真は、金子みすゞ著作保存会の了承を得て掲載しています。
転載される場合は、必ず「金子みすゞ著作保存会」の許可を得てください。
連絡先:〒112-0001 東京都文京区白山3-4-15 内田ハウス1F JULA出版局内
TEL:03-3818-0791 FAX:03-3818-0796
金子みすゞプロフィール

『赤い鳥』、『金の船』、『童話』などの童話童謡雑誌が次々と創刊され、隆盛を極めていた大正時代末期。そのなかで彗星のごとく現れ、ひときわ光を放っていたのが童謡詩人・金子みすゞです。
金子みすゞ(本名テル)は、明治36年大津郡仙崎村(現在の長門市仙崎)に生まれました。成績は優秀、おとなしく、読書が好きでだれにでも優しい人であったといいます。
そんな彼女が童謡を書き始めたのは、20歳の頃からでした。4つの雑誌に投稿した作品が、そのすべてに掲載されるという鮮烈なデビューを飾ったみすゞは、『童話』の選者であった西條八十に「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛されるなど、めざましい活躍をみせていきました。
ところが、その生涯は決して明るいものではありませんでした。23歳で結婚したものの、文学に理解のない夫から詩作を禁じられてしまい、さらには病気、 離婚と苦しみが続きました。ついには、前夫から最愛の娘を奪われないために自死の道を選び、26歳という若さでこの世を去ってしまいます。こうして彼女の 残した作品は散逸し、いつしか幻の童謡詩人と語り継がれるばかりとなってしまうのです。
それから50余年。長い年月埋もれていたみすゞの作品は、児童文学者の矢崎節夫氏(現金子みすゞ記念館館長)の執念ともいえる熱意により再び世に送り出され、今では小学校「国語」全社の教科書に掲載されるようになりました。
天才童謡詩人、金子みすゞ。自然の風景をやさしく見つめ、優しさにつらぬかれた彼女の作品の数々は、21世紀を生きる私たちに大切なメッセージを伝え続けています。
(金子みすゞ記念館ホームページより)
みすゞさんとの出会い
2003年(平成15年)1月21日、私は東京から山口へ帰郷しました。
作曲家活動の中で、自分の音楽の方向性を見失い、もう一度自分を見つめなおそうと思ってのことでした。
偶然にもその年は、みすゞさん生誕100年の年でした。
私が12歳の時に、父が買っていた1冊の詩集「わたしと小鳥とすずと」(金子みすゞ童謡詩集)を初めて手にとり、ページをめくりました。
ズキンズキンと心臓が鳴るのがわかりました。
「これだ…ここに私が歌いたい心がある…」
みすゞさんは、命あるものなきもの、見えるもの見えないもの、
全ての存在へ優しく深い眼差しを向けている…。
その世界の中で私たちは、尊い命を与えられて生きている。
命、絆、ご縁、全てのつながりに感謝をし、今を自分らしく生きて行く。
そのためのメッセージが、やわらかく、眩しく、描かれている。
「この詩に曲をつけて歌いたい」
この出合いの瞬間から、私は再び音楽の道を歩み始めました。
みすゞさんが伝えてくれる大切な心を、
ずっとずっと、歌い語っていきたい。
こだまし合う、一人として。
ちひろ



ちひろのコメント
田舎の駅の物語。最終の汽車や、駅の周りの草むらに潜む虫や箒をもったおじいさん、この「忘れもの」という一つの物語の主人公・人形を演出する大切なキャストですね。なんだか一つのお芝居の1シーンを見ているような、ここから物語がまた始まるような、そんな素敵なお話です。