misuzu kaneko金子みすゞ

今週の詩

舟(ふね)の唄(うた)
                  金子みすゞ
わたしは若(わか)い舟だった。
あの賑(にぎ)やかな舟(ふな)おろし、
五色の旗にかざられて、
はじめて海にのぞむとき、
限(かぎ)り知られぬ波たちは、
みんな一度にひれ伏(ふ)した。

わたしは強い舟だった。
嵐(あらし)も波も渦潮(うずしお)も、
荒(あ)れれば勇む舟だった。
銀の魚(さかな)を山と積(つ)み、
しらしら明けに戻(もど)るときゃ、
勝った戦士(せんし)のようだった。

わたしも今は年老(お)いて、
瀬戸(せと)ののどかな渡(わた)し舟。
岸の藁屋(わらや)の向日葵(ひまわり)の、
まわるあいだをうつうつと、
眠(ねむ)りながらもなつかしい、
むかしの夢(ゆめ)をくりかえす。
ちひろのコメント
仙崎の海の「瀬戸」を行ったり来たりする渡し舟が、むかしを懐かしんでいる物語。とても素敵ですね。人間と同じように、年を重ねている。金子みすゞさんが暮らしていた頃の、まだ橋がかかっていない仙崎の海の光景が目に浮かぶようです。
2022/08/08の詩

わらい
                  金子みすゞ
それはきれいな薔薇(ばら)いろで、
芥子(けし)つぶよりかちいさくて、
こぼれて土に落ちたとき、
ぱっと花火がはじけるように、
おおきな花がひらくのよ。

もしも泪(なみだ)がこぼれるように、
こんな笑いがこぼれたら、
どんなに、どんなに、きれいでしょう。
ちひろのコメント
私はこの詩を読むと、みすゞさんの涙を思い浮かべてしまいます。みすゞさんがお庭を見つめながら、1人涙をこぼしている。誰にも心の内を明かせずに、悲しい寂しい気持ちが小さな涙のつぶとなって、落ちていく。その悲しい粒が「笑い」だったら、と、なんだか切なくなってくるのです。この詩を読んで、その思いに寄り添うことで、みすゞさんの心が少しは和らぐと嬉しいな、と思いながら。
2022/08/01の詩

蝉(せみ)のおべべ
                  金子みすゞ
母さま、
裏(うら)の木のかげに、
蝉のおべべが
ありました。

蝉も暑(あつ)くて
脱(ぬ)いだのよ、
脱いで、忘(わす)れて
行ったのよ。

晩(ばん)になったら
さむかろに、
どこへ届(とど)けて
やりましょか。
ちひろのコメント
童謡の世界の素敵なところ。それは、大人が常識として分かったように見つめている世界に、別の物語が生まれて、それが心を豊かにしてくれるところですね。
今、大人自身が自分の時間に絵本を読むことが増えているそうです。あまりに現実が見えるものばかりで証明されすぎている世の中なので、心の旅が恋しいのかもしれません。金子みすゞさんの童謡も、ぜひ、そのひとときに・・・。
2022/07/25の詩

蚊帳(かや)
                  金子みすゞ
かやのなかの私(わたし)たち、
網(あみ)にかかったおさかなだ。

なにも知らずにねてるまに、
ひまなお星が曳(ひ)きにくる。

夜の夜なかに眼(め)がさめりゃ、
雲の砂地(すなじ)にねていよう。

波にゆらゆら、青い網、
みんなはあわれなお魚だ。
ちひろのコメント
私は遠い記憶に、祖母の家で蚊帳の中で寝た記憶がうっすらとあります。とても楽しいものでした。今の時代は、もう蚊帳のある家はほとんどないような気がしますね。一つの「蚊帳」をかけるだけで、子どもはもう非日常のおとぎ話へと誘われます。そんな子どものおとぎ話を聴きながら眠るのも、素敵な夏休みかもしれませんね。
2022/07/18の詩

人なし島
                  金子みすゞ
人なし島にながされた、
私(わたし)はあわれなロビンソン。

ひとりぼっちで、砂(すな)にいて、
はるかの沖(おき)をながめます。

沖は青くてくすぼって、
お船に似(に)てる雲もない。

きょうも、さみしく、あきらめて、
私の岩窟(いわや)へかえりましょ。

(おや、誰(だれ)かしら、出て来ます、
水着着た子が三五人。)

百枚(ひゃくまい)飛(と)ばして、ロビンソン、
めでたくお国へつきました。

(父さんお昼寝(ひるね)、さめたころ、
お八つの西瓜(すいか)の冷えたころ。)

うれしい、うれしい、ロビンソン、
さあさ、お家へいそぎましょ。
ちひろのコメント
子ども心の移り変わりの可愛い世界がこの詩にもあります。一人でさみしい気持ちから、おやつの西瓜を思い出すと途端に嬉しくなってお家へ帰る。この見事な心の切り替えは、たくさんの幸せを運んできますね。
2022/07/11の詩

「金子みすゞ童謡全集」(JULA出版局)より

JULA出版局

金子みすゞの詩、写真は、金子みすゞ著作保存会の了承を得て掲載しています。
転載される場合は、必ず「金子みすゞ著作保存会」の許可を得てください。
連絡先:〒112-0001 東京都文京区白山3-4-15 内田ハウス1F JULA出版局内
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金子みすゞプロフィール

金子みすゞ

 『赤い鳥』、『金の船』、『童話』などの童話童謡雑誌が次々と創刊され、隆盛を極めていた大正時代末期。そのなかで彗星のごとく現れ、ひときわ光を放っていたのが童謡詩人・金子みすゞです。
 金子みすゞ(本名テル)は、明治36年大津郡仙崎村(現在の長門市仙崎)に生まれました。成績は優秀、おとなしく、読書が好きでだれにでも優しい人であったといいます。

 そんな彼女が童謡を書き始めたのは、20歳の頃からでした。4つの雑誌に投稿した作品が、そのすべてに掲載されるという鮮烈なデビューを飾ったみすゞは、『童話』の選者であった西條八十に「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛されるなど、めざましい活躍をみせていきました。
 ところが、その生涯は決して明るいものではありませんでした。23歳で結婚したものの、文学に理解のない夫から詩作を禁じられてしまい、さらには病気、 離婚と苦しみが続きました。ついには、前夫から最愛の娘を奪われないために自死の道を選び、26歳という若さでこの世を去ってしまいます。こうして彼女の 残した作品は散逸し、いつしか幻の童謡詩人と語り継がれるばかりとなってしまうのです。

 それから50余年。長い年月埋もれていたみすゞの作品は、児童文学者の矢崎節夫氏(現金子みすゞ記念館館長)の執念ともいえる熱意により再び世に送り出され、今では小学校「国語」全社の教科書に掲載されるようになりました。
 天才童謡詩人、金子みすゞ。自然の風景をやさしく見つめ、優しさにつらぬかれた彼女の作品の数々は、21世紀を生きる私たちに大切なメッセージを伝え続けています。

(金子みすゞ記念館ホームページより)

金子みすゞ記念館

みすゞさんとの出会い

2003年(平成15年)1月21日、私は東京から山口へ帰郷しました。
作曲家活動の中で、自分の音楽の方向性を見失い、もう一度自分を見つめなおそうと思ってのことでした。
偶然にもその年は、みすゞさん生誕100年の年でした。
私が12歳の時に、父が買っていた1冊の詩集「わたしと小鳥とすずと」(金子みすゞ童謡詩集)を初めて手にとり、ページをめくりました。

ズキンズキンと心臓が鳴るのがわかりました。
「これだ…ここに私が歌いたい心がある…」

みすゞさんは、命あるものなきもの、見えるもの見えないもの、
全ての存在へ優しく深い眼差しを向けている…。
その世界の中で私たちは、尊い命を与えられて生きている。
命、絆、ご縁、全てのつながりに感謝をし、今を自分らしく生きて行く。
そのためのメッセージが、やわらかく、眩しく、描かれている。

「この詩に曲をつけて歌いたい」
この出合いの瞬間から、私は再び音楽の道を歩み始めました。

みすゞさんが伝えてくれる大切な心を、
ずっとずっと、歌い語っていきたい。

こだまし合う、一人として。

ちひろ

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